ひまわりのひとり言2

京都伏見に転居し4年目になりました。身近な京都を中心にあれこれ紹介したいと思います

世界遺産 二条城

カワウ11月に入り秋の深まりを一層感じるようになりました。
早朝散歩をしていますとカワウが集団でエサ場に
向かうのをよく見かけます、
残月がまだ残るAM6時過ぎ、その横を一列になって
飛びゆく姿を撮ることが出来ました。
日ごろは大切な鮎の稚魚を食べてしまったり、
糞公害で人間社会に迷惑をかけてるカワウですが・・・






10月26日、地下鉄東西線を利用して二条城へ出かけました。 

二条城は徳川家康が征夷大将軍に任命された将軍宣下と
江戸幕府の終わりを告げる大政奉還が発表された場所です。


1884年(明治17年)に離宮となり、1939年には京都市の所有となりました。

そして1994年(平成6年)ユネスコの世界遺産に登録されました。

総面積275000㎡、建築面積7300㎡のすべてが世界遺産及び史跡となっています。

二の丸御殿や城内をゆっくり見学した後、東西約500m、南北約400mあると言われる
お城の外周も外堀に沿って歩いてみました。


東南隅櫓 二重二階 東と西に石落としのついた櫓(重文)
パンフレットの表紙を飾っている建物ですね。
二条城1

二の丸御殿 修学旅行生が順番に記念撮影をしていました。
6棟の建物が雁木状に建てられているのが特徴になってます。
順路にしたがって、ところどころに置かれたガイドボタンを押して説明を聞きながら、
江戸初期の建築様式や障壁画を見学しました。全て撮影は禁止でした。
鴬張りの廊下の感触も楽しめました~。

二条城

二の丸の唐門(正門)と築地塀は修復を終えたばかりでピカピカでした。
冠木や梁の上の「牡丹に蝶」「竜虎」「亀に乗る仙人」「牡丹に唐獅子」などの彫刻が
極彩色で見事に蘇っておりました。
柱の飾り金具についている菊御紋の下には葵御紋があるそうです。
徳川家の建物から皇族の建物に変わったことを示す歴史の証となります。

唐門

見晴らしの良い高台は天守閣のあったところです。
天守台の高さは21m、天守台上の敷地は445平方㍍、ベンチが置かれ休息できるようになってます。
天守閣は1626年廃城となった伏見城の天守閣が移され、その天守閣は5層であったそうです。
1750年の落雷で焼失してしまい、再建されないまま今にいたってます。

二条城 6

二条城の配置図を載せておきました。二条城前は観光バスがひっきりなしにやってきてました。
外国からのお客様がとても多く、この日はヨーロッパからと思われる方々が多かったように思いました。
二条城内では英語で説明されるガイドさんのお話を熱心に聞いておられる姿が印象的でした。

京都は世界一の人気地に選ばれていますが二条城もそれを誇れる一つかと思います。

二条城9   二条城 8

二条城は2011年から20年をかけて大規模な本格的修理を行っています。
京都市は二条城修理費寄付を募集していました。

世界遺産を守るために参加したいけど大金は難しいという方向けに
200円寄付でオリジナル缶バッジが記念に1個いただけます。
magamikもほんの志の1000円を箱にいれましたら↓のセットがいただけました。
『二条城一口城主募金』カードは1000円で一個スタンプが押され、10個で1年間有効の入場証が
いただけ、抽選で非公開場所や修復現場などが見られる『一日城主』の特典がいただけるそうです。

余裕がおありの方は10万円されると名前が貼りだされ、100万円ですと一日城主にペアで招待
されるそうです。
寄付される金額によって色々な特典が準備されてるようですよ。

ちなみに修繕費の総額は100億円もかかるそうで、そのうち50億円を内外の方に寄付をお願いされてます。
今までに集まった寄付金は3億円ほどのようです。

カンバッチ1

二条城の画像をデジブックにまとめてみました。
見ていただければ嬉しい限りです。
(「フルウインドウで見る」をクリックしてご覧ください。
またブックの右端中央にマウスを持っていきますと
▲のマークがでますのでクリックしていただくと
ペラペラとページを繰ることができますよ。)
  1. 2015/11/04(水) 22:30:00|
  2. 歴史
  3. | コメント:16

藤森神社(勝ち運と馬の神様)あれこれ

ネジバナ
連日の35度を超す猛暑に悲鳴をあげています。
日中のウオーキングはとても無理なので中止です~。

宇治川の土手にはネジバナが咲くと聞いて
楽しみにしていました。
うわさ通り6月中旬頃から可愛らしいピンクの
ネジバナが次々咲きその数の多さに
感動したのでした。
お散歩の方々も道端にかがんで携帯やコンデジで
撮影しておられるのをよく見かけました。










藤森神社(ふじのもりじんじゃ)は京都市伏見区深草に鎮座する神社です。
今から1800年前に神功(じんぐう)皇后によって創建された、皇室とも
ゆかりの深い古社です。

藤の森神社南門

壮大な割拝殿
重量感のある屋根に比べてそれを支える柱が細く、おまけに四面吹き抜けになっています。
宮廷建築の特色と言えるそうですが面白い建物です。

拝殿

本殿は1712年(正徳2年)中御門(なかみかど)天皇より、御所賢所(宮中内侍所)の
建物を賜ったもので、現存する賢所としては最古のものと言われる。
入母屋造りで桧皮葺(ひわだぶき)の屋根を持つ優雅な建物です。

honndenn.gif

また藤森神社は男の子の成長を願う『菖蒲の節句』発祥の神社でもあります。
菖蒲(しょうぶ)は尚武に通じ、尚武は勝負に通じると言われ、勝ち運を呼ぶ神として
信仰を集めています。

武神」を祀るといわれるだけあって、この前を通る大名行列も槍を倒して
敬意をはらったそうですよ。
各家々に飾られる武者人形には藤森の神が宿るといわれてます。

勝ち運と馬の神様として競馬関係者(馬主・騎手等)、また競馬ファンの参拝者も
数多くおられるということです。(淀競馬場があります)

日本書紀の編者であり、日本最初の学者である舎人(とねり)親王も祭神として
祀られていますから、学問の神としての信仰も深いようです。

菖蒲の節句

室町時代から走り馬が行われ、現在は”駈馬神事(かけうましんじ)として受け継がれています。
境内の神馬像は駆馬神事を象徴するものです。

馬の銅像

毎年5月5日に行われる『藤森祭
甲冑・鎧を着飾った武者行列(時代行列)と駈馬(かけうま)神事が奉納されます。

駈馬神事の曲乗りの種類
    ①手綱潜り・・敵矢の降りしきる中、駆ける技
    ②逆乗り・・敵の動作を見ながらかける技
    ③矢払い・・敵矢を打ち払いながら駆ける技
    ④横乗り・・敵に姿を隠して駆ける技
    ⑤逆立ち(杉立ち)・・敵をあざけりながら駆ける技
    ⑥藤下がり・・敵矢の当たったと見せて駆ける技
    ⑦一字書き・・前線より後方へ情報を送りながら駆ける技


(画像はネットよりお借りしました。7枚あります)
駈馬神事

境内には『蒙古塚(もうこつか)』『御旗塚』なるものがあります。

蒙古塚は伝説では蒙古兵の首塚とも言われています。また神功皇后が朝鮮より
凱旋された時、兵器を埋納したところとも言われています。
 
御旗塚は神功皇后の新羅(朝鮮)侵攻の際、軍の中で最も大きな旗を埋納したところと
伝えられています。
塚



塔
宇治川、宇治橋の上流、中の島に見える13重の塔、叡尊がアユの供養にと捧げた塔、洪水のためいくたびとなく塔も壊れたけど今も厳然と立っています。ところが藤森神社の手水鉢の台座がこの塔の一部であり、しかも怪盗石川五右衛門が盗んでここに運んだというのです。
また塔の上から5番目と具体的なのも面白いです。
右はその13重の塔です。


手水鉢連結

境内には3500株の紫陽花も植えられており、開花時期にはお花見に訪れる方々も
大勢おられますよ。
(7枚あります)
ajisai_20150714161059a90.gif

藤森神社境内配置図です。
keidaizu2.jpg
  1. 2015/07/15(水) 16:20:00|
  2. 歴史
  3. | コメント:20

伏見、撞木町は大石内蔵遊興の地

タケニグサ 
 今日から7月、今年も半分が過ぎ去ってしまいました。
 京都は梅雨らしい雨の朝となっています~。
 
 我が家のベランダで種をまいた記憶もないのに
アロエの鉢植えの根元から見たこともない大きな葉が
どんどん出てついに花が咲きました!
昨年は花は咲かず、冬には枯れました。
孫たちが「謎の花??」といい成長を見守ってました。
図鑑で調べましたら、なんと「タケニグサ」でした~!
背丈は150㎝もあります。
花弁のない線香花火のような花からは結構良い香りがします。
ところが全草にアルカロイドという毒を含む毒草だそうです。
気の毒ですが処分しないといけないようです。
(画像は3枚あります)





京都市伏見区、京阪電車『墨染(すみぞめ)駅』界隈を散策していたら、
地元の方が遊郭跡があると教えて下さったのがここ↓でした。
さして広くはない道路の両側にそういった郭がずらりと並んでいたということです。
何でも赤穂浪士の大石内蔵助が遊んだ遊郭があったというので、
興味津々となりあれこれ調べてみました!

一帯は京街道と大津街道の分岐点に近く、古くから芝居小屋や土産物屋が軒を連ねていたそうな。
豊臣秀吉が伏見城下を築いた16世紀後半に伏見の遊郭は始まり、江戸時代に全盛期を迎え、
やがて衰退していったようです。

撞木町廓入り口1

撞木町(しゅもくまち)郭入口』と書かれた石柱を通り抜け、先へ(西)と進んでいくと右側に
大石内蔵助が遊んだといわれる郭跡の碑が建てられてました。
笹屋機清左衛門というこの界隈で最もおおきな妓楼(ぎろう)には内蔵助専用の部屋が用意
されていたということです。

内蔵助は江戸へ下る前日、その部屋の天井に下の様な落書きを残しています。
(※当時、都は京都ですから江戸・今の東京方面は下るになります)

今日亦逢遊君 空過光陰 明日如何 可憐遊君急払袖 帰後世人久不詳 逗留不過二夜者也
      (今日も亦遊君に逢う、空しく光陰は過ぎて明日や如何ならん)

敵を欺くため遊興し、策略を練っていたという大石内蔵助にあやかり、
撞木町の蜜謀は成就する』と言われるようになったそうです。

(画像は3枚です)
廓

大石内蔵助が京都・山科に住んでいた時(1701年~翌年6月まで)、遊蕩(ゆうとう)にふけって
いたということはあまりにも有名で知っていましたが、その場所は「京都祇園一力茶屋」ということに
なってますが実際は伏見の撞木町(しゅもくまち)だったそうです。








  1. 2015/07/01(水) 08:10:00|
  2. 歴史
  3. | コメント:20

親鸞聖人ゆかりの寺・法界寺

残月
 6月4日、AM4時50分、ウオーキングに
出かけるためマンション玄関を出ると西の空に
まん丸の美しい残月が見られました。
良く晴れた東の空からは朝陽が昇り始めて
おり、まあるいお日様とお月様を同時に見る
ことが出来、とってもラッキーでした!
 関西も昨日結構な恵みの雨があり、
梅雨入りしました。





 5月17日、京都地下鉄東西線、石田駅で下車して、道しるべを頼りに
訪れたのが「法界寺」(京都市伏見区日野西大道町)。
 このお寺は浄土真宗の開祖である親鸞聖人が生まれたお寺でした。

 親鸞聖人は1173年(1262年没)皇太后大進、日野有範(ありのり)の長男として
誕生、母は清和源氏の八幡太郎義家の孫娘の「吉光如(きっこうにょ)」とされている。
幼少時を、ここで過ごされたそうです。

 法界寺は藤原氏の一族である日野資業(すけなり)によって創建、
真言宗醍醐派別格本山、
開基は伝教大師最澄、日野家の菩提寺となっておりました。
「日野薬師」「乳薬師」の別名もあり、「ひのやくし」さんと親しまれてきたということです。

山門

 山門をくぐりますと、美しい石畳の向こうには薬師堂、左には阿弥陀堂がありました。

薬師堂(重要文化財)は法界寺の本堂で当初のものは焼失、
現在のものは明治37年(1904年)に奈良の伝燈寺本堂を移築して建てられたそうです。

 本尊の薬師如来(秘仏)は日野家に代々伝わるもので、最澄伝教大師自ら刻んだ
三つの像の一つでわずか10㎝ほどの小像。
日野資業は法界寺創建の時、1m余りの白檀(びゃくだん)の薬師像をつくって
その体内にこの小像を納めたそうです。
このように秘仏を納めた仏像を「サヤ仏」というそうです。
従って体内仏の秘仏を見せることは絶対にないそうです。

※小像の他の一つは延暦寺根本中堂、もう一つは大原野春日町勝持寺に
  おさめられているそうです。

薬師堂と阿弥陀堂

 法界寺で目を惹くのが阿弥陀堂(国宝)ですね。
鎌倉時代初期の建築、1221年の兵火で焼失後まもない頃の建築と推定されています。
5間四方の宝形造(ピラミッド形)、檜皮葺屋根の頂点の露盤・宝珠は美しく印象的です。
平等院鳳凰堂と相前後して建立されたということです。

阿弥陀堂

阿弥陀如来坐像)(国宝) 像高 2.8m
 全体のお姿は平等院鳳凰堂の本尊と同様、上品上生(じょうぼんじょうしょう)の
定印(じょういん)をむすんだ定朝様式の代表作。

 ※①上品上生とは、
    仏教では生前の行いによって極楽浄土に生まれ変わる時に
    九つのパターンがあるとされ、九つのパターンは上中下の上品と
    上中下の三生の組み合わせで表される。
    上品上生は九品(ほん)の最高位に値する。
   ②定印とは
     座像で両手のひらを上にして腹前(膝上)で上下に重ね合わせた形。
     浄土教などの場合は同じように両手を重ねて親指と人差し指で
     輪をつくるもの。
    ③定朝様式とは
      平安中期の代表的仏師定朝によって完成された
      優雅・円満な寄木造りの様式、代表例は平等院の阿弥陀像。

 阿弥陀如来像の周りには天人の壁画(重文)が描かれ、極楽浄土の世界を
垣間見ることが出来ました。
法隆寺金堂壁画焼失後、完全なものとしては最古のものだそうですが
全体に傷みがきつく見えにくかったのは残念でした。

 この時、お寺を訪れていたのはmagamikのみでしたが、御堂を開けて、
丁寧に説明してくださり、身の引き締まる思いでした。(拝観料500円)
堂内は撮影禁止ですので、書物の写真を転載しました。
阿弥陀如来像

 薬師堂、阿弥陀堂の前には蓮池があり、スイレンの花が数輪咲いておりました。
池の中には大きなオタマジャクシがたくさん泳いでおり、これまた大きなカエル(ウシガエル?)が
数匹石の上で休息しており、長閑な雰囲気を満喫できました。
蓮の花が咲くころは一段と厳かで素晴らしいだろうなぁと思いつつ、お寺を後にしました。
池

 親鸞聖人ゆかりの法界寺は知る人ぞ知る名刹であることがよくわかりました。
magamikは親鸞聖人が伏見の生まれとは初めて知りました。

 日野界隈には散策したり訪ねてみたいところがまだ数か所ありますので、
機会を見つけて訪れてみたいですね。
  1. 2015/06/04(木) 17:00:00|
  2. 歴史
  3. | コメント:20

近衛天皇陵・鳥羽天皇陵と安楽寿院

アイビー 我が家のベランダで
アイビーゼラニュームが咲きだしています。
高槻からmagamikと一緒に引っ越してきた
お花の一つです。
友人から譲っていただいたものだけに
元気に育ってくれ嬉しいです~。



以前に京都伏見の城南宮を訪れた際に美しい建物が目についていました。
それで今回その界隈を散策し、調べてみました~!
改めて伏見地区の歴史深さを思い知りました。

近衛天皇安楽寿院南陵このえてんのうあんらくじゅいんみなみのみささぎ)

天皇の陵墓に多宝塔を用いるのは極めてまれな例だそうですよ。

 1148年(久安4年)鳥羽天皇の皇后で近衛天皇の母である美副門院藤原得子
(ふじわらのなりこ)の御願により多宝塔が建立され、新御塔(しんみとう)と称した、
後に近衛天皇の遺骨が納められた。
 1596年(慶長元年)、慶長伏見地震とよばれる大地震で倒壊、
現在の多宝塔は1606年(慶長11年)に豊臣秀頼により再建された。
本瓦葺、 高さ約16メートル。


近衛天皇は第76代天皇(1141~1155)であります。
わずか3歳で異母兄崇徳(すとく)天皇の譲位を受け即位された。
病弱なため17歳で早世された。
在位中は父鳥羽上皇が院政を敷いた。

(画像は5枚ありますよ)
近衛天皇陵

鳥羽天皇安楽寿院陵(とばてんのうあんらくじゅいんみささぎ)

 安楽寿院の創建は鳥羽法皇が鳥羽離宮東殿の御堂として造営された寺、
その中の三重塔には上皇肉筆の法華経が納められた。
これを本御堂(ほんみどう)という。
鳥羽上皇が安楽樹寿院で亡くなると遺言に従い本御堂におさめて御稜とした。
 現在の建物は1596年の慶長伏見地震で三重塔倒壊後、1865年(慶応元年)、
瓦葺き宝屋根の仏堂として建立された法華堂である。

鳥羽天皇は第74代天皇(1107~1123) 
父堀河天皇の死後5歳で即位する。
実際の政務は白河法皇(祖父)が執った。
三十九歳で出家し法皇となる。

(画像は5枚ありますよ)
鳥羽天皇陵

安楽寿院 (あんらくじゅいん)

平安時代末期(11~12世紀)院政の舞台となった鳥羽離宮、東殿に
鳥羽上皇が建立した仏堂が起源で天皇家ともゆかりの深い寺院です。
真言宗智山派寺院・本尊は阿弥陀如来。
創建は1137年(保延3年)

幕末には鳥羽・伏見の戦いの官軍の大本営となった。

☆鳥羽離宮(鳥羽殿ともいう)は1086年(応徳3年)
  時の白河天皇が退位後の居所として造営を始めたものである。
  東西1.5㌔、南北1㌔の広大な敷地に、苑池、各殿舎、営塔
  が立ち並んでいた。
  今は安楽寿院、白河・鳥羽・近衛各天皇陵、城南宮、秋の山(築山)を
  残すのみとなっています。

(画像は5枚ありますよ)
安楽寿院

京都市伏見区竹田に位置する、
近衛天皇陵・鳥羽天皇陵・安楽寿院の位置関係を示す地図です。
近衛天皇陵他
  1. 2015/05/20(水) 15:00:00|
  2. 歴史
  3. | コメント:20
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