ひまわりのひとり言2

京都伏見に転居し4年目になりました。身近な京都を中心にあれこれ紹介したいと思います

京都大原・寂光院

9月20日、朝からどんよりとした空模様。
ベランダの気温はAM11時25℃

 


 9月15日、久しぶりに京都市左京区の大原を訪ねてみました。
我が家から近鉄電車、地下鉄、バスと乗り継いで一時間余りの所です。


 京都大原寂光院は聖徳太子発願の寺院と伝えられ、本尊は地蔵菩薩。
鎌倉時代の初めに建礼門院隠棲の地としての由緒を持つ古刹でもあります。


 ”祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰(じょうしゃひっすい)(ことわり)をあらわす”
 『平家物語』の冒頭の一節、寂光院はこの平家物語を通して有名になりました。


(寂光院境内と本堂)
ガラス枠


 大原のバス停から三千院とは反対側に里の道を歩くこと20分ほど。
京都の中ではどこよりも早く冬が訪れどこよりも遅く春がやってくると言われる洛北のさらに北郊に寂光院は位置していました。
 小道の脇に「朧の清水」と言われる小さな泉がありました。建礼門院が寂光院に向かわれる途中、朧の月夜に照らされてこの泉にうつった自身のやつれた様子に嘆き悲しまれたという泉です。


寂光院 連結



 風情のある参道の石段に沿って古紅葉の木立が続き、上がり終えたところに小さな桧皮葺の山門がありました。
三門1-2

 山門をくぐると思いのほか小さな本堂がありました。
正面三間、奥行き三間で檜材、屋根は(こけら)葺きでした。
この本堂は2000年不慮の火災により焼失してしまいました。
『すべてを元の通りに』と2005年6月、5年の歳月を経て落慶したのでした。
 本堂に安置される地蔵菩薩立像(像高255・5cm)はお肌は白く、彩色鮮やかな袈裟を着衣されています。
その美しいお地蔵様を近くで詣でることが出来ました。
またその左右奥に建礼門院坐像(69・0cm)と阿波内侍坐像(69・5cm)がおられました。
いづれも焼失したため再興されました。
堂内には語り部がおられ丁寧に説明してくださいました。


(2枚のアニメになってますよ)
本堂





書院
 建礼門院は平清盛の次女・徳子であります。
長じて入内し、高倉天皇(後白河天皇の息子)との間に安徳天皇が生まれたのでした。
平家は1185年壇ノ浦の合戦で滅亡。
一族はまだ幼い安徳天皇(8歳)をはじめとして海中に身を投じるが、建礼門院一人助けられ京都に連れ戻された後出家しました。
そして草深い大原の寂光院に入り、夫高倉天皇と我が子安徳天皇および一門の菩提を弔う余生を送りつつ、1191年2月中旬この地で38歳の生涯を閉じたのです。

 ”いざさらばなみだくらべん時鳥(ほととぎす)われもうき世にねをのみぞ鳴”(では涙比べをしよう、時鳥よ。私もこのつらい世に鳴いてばかりいるのですよ)。 建礼門院の死期が迫ったころの歌だそうです。










境内に植えられた千年姫小松は2000年5月の放火の影響で枯れてしまい、幹だけが残されていました。
宝物殿に展示されていた火災の難を免れた像高10~15cmの彩色小地蔵尊像3千余体には感動しました。

境内連結


 
 長閑な大原の里では稲刈りは概ね終わっており、次への準備が始まっていました。
そんな中を感慨深い思いで大原を後にしました。

田園



















  1. 2017/09/20(水) 11:30:00|
  2. おでかけ
  3. | コメント:10

尾張大納言義直ゆかりの清涼院

 9月13日(水) ベランダ気温 AM9:00 25℃ 雲は多いですがお日様も見える朝です。
昨日、AM6:00前、かつて見たこともない大雨!けたたましい雨音、民家の樋から雨水があふれ出しており、豪雨の怖さを感じました。幸い30分ほどで小ぶりになり、事なきを得たのでした。


 
 9月4日、伏見区深草大亀谷五郎太町に位置する尼寺「清涼院」を訪ねてみました。
その名が示すように清々しく涼やかな寺院でした。


(清涼院・白萩と本殿)
本殿と白萩



地名
 前回の海宝寺近くの緩い坂道をのぼっていきますと伏見桃山城天守閣の真北側に左のような地名があります。
ここは室町時代には法安寺村と言われたところで、のち伏見城内のお花畠山荘になっていました。
 尾張藩初代藩主・徳川義直の生誕地で幼少のころはこの地で過ごされたそうです。
その彼の幼名「五郎太」がそのまま地名として残されていたのです。










静涼院界隈見取り図
地図


 清涼院は浄土宗知恩院派の尼寺、ご本尊は阿弥陀如来です。
山門は無く塀も椿の生垣になっていました。
平成17年3月京都市指定の保存樹「百日紅」が迎えてくれました。

静涼院1

静涼院は伏見城の御花畠山荘と呼ばれる御殿の一部になります。
豊臣秀吉の死後伏見城に入った徳川家康は側室・お亀の方(石清水八幡宮の神職の娘)を寵愛し、この地にあった御殿に住まわせたのでした。

清涼院2

 本殿(非公開)
お亀の方は1600年家康の第九子「五郎太丸」を出産したのです。
 後の尾張大納言義直です。
(1600~1650、徳川家御三家筆頭で62万石。儒教を奨励し、国史の研究を行うなど名君の誉れが高い)

本殿

静涼院境内
寺内には亀女の死後3年目(1645)につくられた亀女の像と五郎太丸の青年時代の像が祀られているそうです。

境内 

手入れの行き届いた境内に咲く白萩の花は清涼院に相応しい風景を醸し出していました。
白萩

 静かな清涼院をお参りした後、散歩コースになっている伏見北堀公園、伏見桃山城から明治天皇伏見桃山御陵をお参りして帰宅、この日の総歩数は13500余りでした。






  1. 2017/09/13(水) 09:43:30|
  2. 伏見の街
  3. | コメント:12

伊達正宗・伊藤若冲ゆかりの京都伏見・海宝寺

 9月6日(水) ベランダの気温AM9:00 25℃ 小雨の朝を迎えています。
シトシト降る秋雨は植物には恵みの雨となっています。




 9月1日、伏見区桃山町正宗20に位置する海宝寺には伊達正宗お手植えの木斛(もっこく)の木が存在すると知り、出かけてみました。
本堂脇、正宗公が遺愛した樹齢400年になるという大木斛の木は傷みがひどく、添え木に支えられながら懸命に生きているように見えました。
その傍らで命を受け継いだ二世の若々しい小木斛が元気に育たっていました。
(木斛はサカキ科モッコク属の常緑広葉小高木。生長はゆっくり、樹形が美しくまとまる。)


(伊達正宗お手植えの木斛・樹齢約400年)
木斛ガラス枠

 海宝寺は萬福寺12世の杲堂元昶(こうどうげんしょう)により創建され、黄檗宗第十三代・竺庵浄印(じくあんじょういん)禅師の隠居所として享保年間(1716~36)に開かれた寺です。 
この海宝寺境内を含む「桃山町正宗」は独眼竜の異名をとった仙台藩の藩祖・伊達正宗の伏見屋敷のあったところです。
今も地名に「桃山町正宗」として残されています。


海宝寺1

 普茶開祖道場とも呼ばれ『普茶料理』を一般の方に提供した最初の場所になります。
今も中国の禅僧が食した中国風の精進料理『普茶料理』を味わうことが出来ます。


海宝寺2-1

 ご本尊は聖観音菩薩です。
黄檗宗・萬福寺で見られた魚板(ぎょばん)も見られました。
諸事の知らせに打ち鳴らすものですが今は使われていないそうです。

(2枚のアニメになってますよ)
本殿




二世 伊達正宗は1595年豊臣秀吉からこの伏見に屋敷を与えられ多くの重臣やその妻子などを住まわせました。
その数は常時千人以上にも及び、屋敷一帯は「伊達町」とも称されました。
正宗自身は1599年までここに住み、1601年に上洛した際にも1年間を過ごしています。
伏見屋敷はこの地のほか上屋敷の南西にほど近い場所と深草の地の下屋敷があり、計三か所あったとされています。








  海宝寺は大丸関係者の菩提寺にもなっており、境内には位牌を祀っている祠が建てられていました。
大丸創業の基礎を築いた下村彦衛門正啓(伏見の人)は竺庵に帰依し自ら浄財を投じて援助を続けたということです。

祠2

 
方丈
は下村家の屋敷を移築したものです。
襖絵「群鶏図」は伊藤若冲の晩年作と伝わり、この作品を最後に若冲は筆を執らなくなったという逸話からこの部屋を『若冲筆投の間』(非公開)と呼ばれています。
襖絵は現在京都博物館が所蔵しており、いずれレプリカが展示されるということです。


方丈4連結

 海宝寺は観光寺ではありませんがと前置きしつつ、若い住職さまは色々説明してくださいました。
お陰様で伏見にまつわる歴史をまた一つ紐解くことができました。


  1. 2017/09/06(水) 09:00:00|
  2. 伏見の街
  3. | コメント:14

京都府立植物園の8月末(水生植物・他)

 8月30日(水) 曇り AM9:00ベランダの気温28℃ 湿度42%
窓から入る風は涼しくしのぎやすい朝となっています。
残すところ一日となった八月、またひと月が終わろうとしています・・・

 8月28日、久しぶりに訪れた京都府立植物園、夏の花から秋の花へと移行しつつありました。
そんな中、今回は水生植物、観覧温室の珍しい花を載せてみました。



(ガガブタ 京都府絶滅寸前種)
ガガブタガラス枠





植物園  2か月ぶりに訪れた京都府立植物園、木陰は少しは涼しいものの蒸し暑さに汗びっしょりになってしまいました。
今回も「週間見頃情報」のプリントを参考に散策しました。
植物生態園のレンゲショウマは花が終わっておりとても残念でした。四季彩の丘で水生植物の小さなガガブタの花に初めて出会えたのは嬉しいことでした!観覧温室では大きなバオバブの花が一輪でしたが見られたのはラッキーでした。






ガガブタ(鏡蓋) 
ミシガシワ科アサザ属の多年草、
原産地:本州以西
湖沼やため池などで見られる多年草の浮葉植物
花は1.5㎝ほど、朝開いて午後にはしぼんでしまう一日花
京都府では絶滅寸前種に指定されており、環境省準絶滅危惧種でもあります。

(2枚のアニメになってますよ)
ガガブタ


観覧温室前の鏡池に咲く花たち
鏡池が一年で最も華やぐのはこの季です。魅力の花を狙うカメラマンの姿が見られるのもこの時期ですね。

オオバミズオジギソウ(大葉水お辞儀草)
マメ科
原産地:南アフリカ
葉に触れるとゆっくりオジギソウのように葉を閉じるそうです。

オオバミズオジギソウ

オオオニバス
(大鬼蓮)
スイレン科
原産地:アマゾン川
オオオニバスとパラグァイオニバスの交雑種
葉の径は2mを超えるようになる。
花は2日にわたって咲きます。
1日目は真っ白な花が咲き翌日の午前中一度花は閉じ、夜になると赤紫に変色して再び
開花するということです。

(画像は2日目の午前中の状態と思われます。)

オオオニバス1-2


熱帯スイレン
一般的に温帯スイレンは水面付近に花を咲かせるのに対し、熱帯スイレンは水面より
高所に花を咲かせます。


連結集


観覧温室内の花


アフリカ バオバブ
アオイ科
原産地:マダカスカル
径が20㎝ほどもある花は下向きに咲き真白な花弁の中央から丸く房状になった雄しべが下がります。
夜に開花して翌日の午後になると茶色く萎んでしまいます。


バオバブ1

バオバブ 
 バオバブというのはアオイ科のバオバブ属の総称。
原生種がマダカスカルに6種、オーストラリアとアフリカに1種ずつ存在しているそうです。
バオバブの幹は徳利のような形をしており高さ約30m、直径10mにも及びます。
果肉は食用・調味料とされ、ビタミンCはオレンジより多くカルシュームは牛乳より多いそうです。
また種子からは油が採集できるそうですよ。
サン・テグジュペリの『星の王子様』では放置すると星を破壊する有害な巨木として紹介されていますが実際、アフリカでは様々に活用されており人々から親しまれているバオバブです。

(画像はネットよりお借りしました。)









モンキーオーキッド(サルのラン)
ラン科
原産地:南米のエクアドル北部~コロンビアにまたがる標高1700m~2600mの高地で
雲霧林の樹木に着生しているということです。
花の大きさは4×20㎝前後。
猿の顔によく似た欄の花です。びっくりです~。

モンキーオーキッド

カカオ
アオイ科
原産地:熱帯アメリカ
幹から直接花が咲き、実がなります。

カカオ

ドラゴンフルーツ
サボテン科
原産地:メキシコ・中南米の熱帯雨林

昼夜逆転の部屋で見た白い大きなサボテンの花はドラゴンフルーツの花でした。
ドラゴンフルーツは「カリウム」「マグネシウム」「葉酸」が特に多く含まれています。
植物繊維はなんとバナナの約65倍もあるそうですよ。


(3枚のアニメになってますよ)
doragonnfuru-tu


汗をかきかきの園内散策でしたが珍しい花、初めての花にも出会え、心躍るひと時をすごせました。








  1. 2017/08/30(水) 09:00:00|
  2. おでかけ
  3. | コメント:18

ツバメ「二番子」の成長と巣立ち(京都・伏見にて)

8月23日、曇り 
ベランダの気温はAM8:00 30℃、湿度 70%。
非情に蒸し暑い中にもツクツクホウシの鳴き声が聞こえるようになりました。

パソコンの不調を機にしばらくお休みさせていただきました。
今日、再開いたしましたのでどうぞよろしくお願い申し上げます。



 我が家前の美容室の軒下にはツバメの巣が三つもあります。
その一つの巣に7月下旬遅い雛の誕生がありました。
元気に育ってほしいと願いつつ成長ぶりを見守ってきました。
ツバメについて調べてみたことも併せて載せてみました。




 ツバメは温かい場所を求めて春日本にやってくる渡り鳥です。

小さな鳥、ツバメの生存率は極めて厳しく驚きますね。
   巣立ち成功率は50%
  雛の一年生存率は10%
  ツバメの平均寿命は1年半(まれに10年生きる事もあるそうです)



巣立ちガラス枠

ツバメが巣作りする3条件
 ① ツバメは人通りの多い場所を好み巣をつくる。
 ② ツバメは凸凹した壁がある場所を好む。
 ③ ツバメは風通しがよく、日当たりは良いけど暑くならない場所を好んで
    巣をつくる。



 ツバメは日本で2回ほど繁殖し、2回目は7月上旬から~7月中旬に巣作りします。
そしてお盆過ぎまでに巣立ちをします。
その『二番子』の成長を追ってみました。
巣作りが始まってから巣立ちまで大体6週間ほどかかります。


巣作り完了から雛が生まれるまでは約2週間
連結1

 元気にすくすく育ってます。
近くにカラスなどの天敵がやってくると鋭い鳴き声を発して飛び回り威嚇します。
すぐに仲間が助っ人にきます、多いときは10羽くらいきますね。
雛たちはそんな時、巣の中に潜って姿を隠しています。

連結2

 親鳥は日に300回も餌を運んでくるそうですよ。
お腹の空いた子ほど大きな口をあけて前に出てくるから、その子から餌を与えるそうです。
故にほぼまんべんなく餌はゆきわたるそうです。

連結3

4羽とも立派に育ち、巣立ちの準備も整いました。

連結4

8月11日正午過ぎ、親鳥の見守る中、巣立ちが始まりました。

親子

飛び立ちの練習です。羽をばたつかせたり、短い距離を何度も飛んでいました。
しかし、夕方にはその姿は見られませんでした。
8月12日朝、巣は空でした、どうやら無事に巣立ったようです。

(3枚のアニメになっていますよ)
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巣立ちして10日間くらいは餌をとることが出来ないため電線に止まって親から餌をもらいます。

(2枚のアニメになっていますよ)
巣立ち


 子育てを終えた親ツバメや巣立った子ツバメたちは宇治川河川敷の葭原で集団生活をします。
夕方、日の暮れる頃に葭原に寝に帰り、朝、夜明けとともに一斉に飛び立って出かけます。
その数はおよそ3万羽にも上るそうですよ。

 この葭原で体力をつけ、南へ旅立つわけですが意外なことに集団で渡りをせず各個体が自分の判断で単独に南の地を目指すそうです。
ツバメは昼間に渡りをする鳥です。
自分と太陽の位置によって向かう方向を決めて飛んでゆくということです。
 
 ツバメの飛ぶ速さは天敵を振り切るときは時速200㎞、普段は平均時速47㎞、渡りのときは時速55~60㎞。
一日に300㎞以上も飛ぶことが出来、小型の鳥の中でも身体能力は群を抜いてるそうです。
 
 またツバメは飛んでいるとき『半球睡眠』という睡眠方法をとり、脳の半分ずつを眠らせながら飛行する能力を持っているそうですよ。

葭原

 ツバメが巣をつくると縁起が良いという言い伝えには
 ●ツバメの巣がお家にあると火事になりにくい。
 ●子宝に恵まれたり、病気がよくなる
 ●お店の場合にはお店が繁盛する
 ●ツバメが三度巣をかけると千万長者・億万長者になれる
などが伝えられています。

 ツバメは一度巣をつくると毎年同じ場所に帰るそうです。
若し帰らなくなれば次のツバメがその巣を利用するということです。
人の近くに暮らす健気なツバメとは共存・共栄していきたいですね。




  1. 2017/08/23(水) 09:00:00|
  2. 生き物
  3. | コメント:12
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